大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 平成6年(モ)119号 決定

破産者 X

主文

一  別紙債権者目録記載の各債権者の債権に関し、次の部分について破産者を免責する。

1  別紙債権者目録中AおよびBグループ記載の各債権者の破産者に対する債権の全額

2  別紙債権者目録中Cグループ記載の各債権者の破産者に対する債権については、この決定が確定した時点における元本・利息・遅延損害金の合計額のうち、次の各債権

(一)  利息・遅延損害金の全部

(二)  元本の九割相当額

3  右Cグループ各債権者の破産者に対する残元本債権(この決定確定時の元本の一割相当額)に対するこの決定確定の日の翌日から一年を経過する日までの遅延損害金

二  破産者に対し、この決定確定の日から一年間、右Cグループ各債権者に対する残元本債務(この決定確定時の元本の一割相当額)の履行を猶予する。

三  その余について、破産者の免責を許可しない。

理由

一  免責不許可事由の存否

本件記録及び破産者の夫Tの破産申立事件記録〈省略〉によれば、以下の事実を認めることができる。

1  破産者は、昭和四五年七月に夫Tが高知県土佐清水市足摺岬〈以下省略〉に居宅兼旅館を新築したことに伴い、そのころから同建物において民宿「しぶき荘」の経営を始めた(なおTは、昭和二九年から気象庁に勤務しており、平成五年一一月に退職するまで各地の気象台を転々としていた。)ものであるが、開業後数年を経ないうちからオイルショックに見舞われたことに加え、破産者自身の放漫経営もあって右民宿経営は赤字続きとなり、破産者は、Tに内緒で知人の金融業者らから民宿の運転資金を借り入れたり、またこの返済のために更に行き当たりばったりで借入れを繰り返したりした結果、その負債の額は日を追って大きなものとなっていった。

2  この間、夫Tは、破産者の借入れが発覚する都度その後始末に追われ、昭和五八年には運輸省共済組合から四〇〇万円、昭和五九年には日本信販株式会社から右民宿の土地・建物を担保に七〇〇万円(なお、この債務については、昭和六三年に同土地・建物を売却して返済)、平成二年と三年には株式会社東京シティファイナンスからそれぞれ一〇〇〇万円と五〇〇万円を借り入れて、妻の負債の解消にできうる限りの力を尽くしたものの、その間にも破産者が密かに新たな借入れを起こしたりする始末であったため、次々発覚する妻の借り入れの処理にはとても追い着かない状態であった。しかも、あろうことか、破産者は夫の承諾無く、勝手にT名義で借入れをしたり、同人を保証人にしたりしたこともあったが、Tは夫としての道義的責任から、妻の右のような行為をやむなく追認したり、債権者の強い要求により債務引受をしたりすることを余儀無くされた。

3  そして、本件破産宣告の一年前である平成五年一月ころには、破産者の負債は三〇〇〇万円を越える多額に上っていたが(破産者自身も二、三〇〇〇万円はあるとの認識を有していた。)、他方、当時破産者は弁当店で細々とアルバイトをしている状態であって、とても独力で返済しうるだけの収入はなく、もとより財産も皆無であり、また夫Tも、固定給を有していたとはいえ、妻のために既に財産を処分し尽くし、更には自らも妻の借金返済のため新たな借り入れを重ねている始末であって、もはや破産者は支払不能の状態に陥っていると言わざるを得ない状態であった。

4  なお、破産者はある程度夫の退職金を期待していた気配があるものの、T自身が将来の退職金額につき具体的にどのような認識を有し借金返済の計画を持っていたかはともかく、破産者自身は、単に漠然と夫と退職金を期待していたというにとどまり、その具体的な金額を認識・予想しておらず、まして退職金により右巨額の債務を返済して足りるとは認識していなかった。

5  このような状態であったため、平成五年に入ると、まともな金融業者はほとんど貸付けに応じてくれなくなり、また、夫Tにも多額の債務ができてこれ以上経済的に依存できない状態に立ち至ったことから、破産者は、夫に内緒で、知人ら金融業とは全く無縁の人たちから金を融通してもらって自転車操業を繰り返すほか方途がなくなった。その結果、破産者は、正直に事情を話すと到底金を貸してもらえないことから、前記のような巨額の負債があることを何ら告げないまま、もとより担保を供することもなく、言葉巧みに相手を説き伏せて、(1) 平成四年末から平成五年五月ころにかけてG(クリーニング店の経営者)から合計三四〇万円、(2) 平成五年四月二六日にはH(勤務先の飲食店の経営者)から五〇万円、(3) 平成五年六月にはI(勤務先の弁当店の同僚)から六万円、(4)平成五年七、八月ころにはF(主婦)から合計約一五〇万円、(4) 平成五年九月にはJ(勤務先の弁当店の同僚)から一〇万円をそれぞれ借り受け、もって、支払不能の状態に陥った後であるにもかかわらず、平成五年中に合計五〇〇万円を越える金をいわゆる素人数名から詐術を用いて借り受けたものである。

以上認定した事実によれば、破産者には、破産法三六六条の九第二号所定の免責不許可事由が存在するものと言わねばならない。

二  裁量免責(一部免責)の当否

1  次に、裁量免責の当否について判断するに、本件記録及びTの前記破産事件記録によれば、その判断に資する事情として、以下の各事実が認められる。

(一)  破産者は、平成五年一一月一五日夫Tとともに当庁に破産の申立てを行ったものであるが(なお、Tの債務はすべて破産者に起因するものであり、Tの債権者のほとんど全部が本件破産者の破産債権者でもある。)、破産者自身は財産が皆無であったことから同時廃止で終わったものの、Tについては申立て直前に多額の退職金が支給されていた(但しその一部は既に債権者により差し押さえられていた。)ことから管財事件となり、その破産手続においては一般債権者に対し42.5%という異例の高率の配当が行われて終結するに至った。このような高率の配当をもたらしたのは、一重に、Tが、本来は自身の債務ではなかったにもかかわらず、妻である破産者の不始末に痛み入り、老後の経済的支柱ともいうべき退職金をあえて全額財団に組み入れたからである(これも、時期を選べば、四分の一の提供に止めることも不可能ではなかったにもかかわらず、Tはこのような道を選択しなかったものである。)

(二)  破産者は現在五四歳、夫Tは、五九歳であり、娘と三人で高知市内の借家(家賃五万円)に住まいしている。破産者は現在社員食堂の調理パートをしており、月収は八万円。Tは、駐車場管理のアルバイトをして月八万円の収入を得ているほか、毎月二〇万円強の年金を受給している。娘は保母の仕事をして月収一一、二万円を得ているが、T同様母である破産者の保証人になっていたため、毎月六万円をその支払いに充てている。

(三)  破産者は、昭和五五年に乳癌で左胸を切除したほか、昭和五八年にも十二指腸潰瘍により胃の三分の二を切除している。また、現在、慢性B型肝炎・骨粗鬆症等にも罹患しているため、健康状態は芳しくなく、疲れやすく、仕事にも困難を来している。

(四)  破産者は、破産宣告・同時廃止決定後、一部弁済をしていないが、本件破産・免責手続を通じ終始、多くの債権者や夫に多大の迷惑をかけたことにつき反省悔悟する態度を示している。

2  そこで、右認定の諸事情に、前記一1〜5において認定・判断した諸事情を総合して検討するに、まず、破産者の破産債務の額(破産宣告当時四九三七万円余であり、一私人の債務としては非常に多額である。)、破産債務が増大するに至った経緯、免責不許可事由の存在及びその態様等にかんがみると、破産者に対して債務全額の免責を与えることは不適当であると言わざるを得ない。しかしさりとて、その債務全部について免責を不許可とするのも、右1(一)〜(四)の諸事情に照らすと酷に失するものと言わなければならない。ことに本件において特筆すべきは、前記1(一)のとおり、夫Tが、妻の不始末に痛み入り、夫婦の老後の経済的支柱ともいうべき退職金全額を財団に提供した結果、破産者の破産債務のうち、少なくともTの債務と重複している分(但し適式の債権届を行っているものに限る。)については、同破産手続において高率の配当がなされているということである。もとより、これは夫Tの破産手続における出来事ではあるが、このように実質的に夫婦一体ともいうべき債務について、実質上夫婦が共通に享受すべき財産により配当がされている場合においては、右事情は、妻の裁量免責の当否を判断する際にも十分考慮することができるし、また考慮すべきであると考えられる。

3  そして、このように、免責不許可事由が存在するが、裁量により債務全部につき免責を認めることも、またその全部を不許可にすることも相当でないという場合には、裁判所が諸般の事情を考慮し、破産者本人の将来の履行を期待して債権の一部について免責を認め、他の部分について免責を不許可とし、更に不許可とした部分については一定期間その履行を猶予することも、現行破産法は容認しているものと言うべきである。

4  進んで、一部免責の範囲について検討する。

本件免責申立てに際し破産者が提出した債権者一覧表に記載の各債権者(但し、債権者一覧表番号47、56の日本信販株式会社については、同社の回答によれば現在同社は破産者に対し債権を有していないことが認められるから、これを除外した。)は、別紙債権者目録記載のとおり、これをA・B・Cの3グループに分けることができ、免責の当否も各グループ別に検討することが相当である。

(一)  Aグループ債権者の債権について

本件記録及びTの破産記録によれば、Aグループの各債権者は、Tの破産事件において債権の届出をした上概ね届出債権額の42.5%につき配当を受領していることが認められる。そして、右各記録に破産者及びTの審尋結果を総合すると、Aグループ債権者に対する破産者の債務とTの債務とは、いずれか一方が主債務、他が連帯保証債務という関係にあるものが大半であり、そのような法律上明白な牽連関係が認められないものについても実質上は両者一体の関係にあることが窺われる。

そうであるとすると、Aグループ債権者は、破産者に対する債権についても、実質的には既に四二%以上を回収したものと評価することができるから、その全部を免責の対象にすることが相当である。

(二)  Bブループ債権者の債権について

本件記録及びTの破産記録によれば、Bグループ債権者も、Aグループ債権者と同様破産者とTの両方に対し債権を有していることが窺われるが、Aグループ債権者と異なって、Tの破産手続において何ら債権届出をせず、高率の配当を受ける機会を失していることが認められる。

そして、このようにTの破産手続において十分債権を回収し得る機会があったにもかかわらず、それをせずに放置した債権者については、本件においても全部免責の対象としても差し支えないと考えられる(なお、Bグループ債権者からは、本件破産者の免責申立てに対し何ら異議申立てがなされていない。)。

(三)  Cグループ債権者の債権について

本件記録及びTの破産記録によれば、Cグループ債権者は、Tに対し債権を有せず、したがってその配当に加わる機会がなかったことが認められるから、このグループの債権者の債権については、一部免責を認めることが相当である。

そして、前記のような諸事情を総合考慮すると、主文記載のとおり、その債権については、(1) この決定が確定した時点における元本・利息・遅延損害金の合計額のうち、利息・遅延損害金の全部と元本の九割相当額を免責するとともに、(2) 残った元本債権(この決定確定時の元本の一割相当額)については、破産者の更生を図り、再度の破産の危険性を減じるため、破産者に対し、この決定確定の日から一年間、その履行を猶予し、右履行猶予期間中の遅延損害金を免責することが相当であると判断した次第である。

三  よって、主文のとおり決定する。

(裁判官杉田宗久)

別紙債権者目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例